●九州エアーテック
中小集塵機メーカーが取り組む「地域」と「顧客」に根ざした経営
オーダーメードの集塵機を展開する九州エアーテックは、手厚い顧客対応と営業エリアの限定という独自の戦略で、製品のシェアをのばしてきた。
岡見要一郎社長は「身の丈にあった経営スタイルを模索するなかで、たどり着いたのがこれらの戦略でした」と語る。
集塵機は製造工程で排出される粉じんや金属等の有価物を捕集するための装置で、製材所や食品工場、金属加工業者など、ありとあらゆる工場で導入されている。ものづくりが盛んな日本では全国に工場が点在していることから、多くのメーカーが集塵機の製造を手がけている。
大分県日田市に本社工場を構える九州エアーテックもその一つ。
1994年の創業以来、大型の装置から小型の機器まで、多岐にわたる集塵機を生み出してきた。
創業社長である岡見要一郎氏はこう説明する。
「当社が手がけているのは『バグフィルター方式』と呼ばれる、ミクロン単位の細かい粉塵を捕集できる集塵機です。粒度の細かいちりやごみを空気中に放出することなく捕集できるので、大気汚染対策やSDGsへの対応が求められる今の風潮に合致した製品として、導入が進んでいます」
集塵機は主に遠心力で粉じん・有価物と空気を分離除去する「サイクロン方式」と、織布や不織布で粉じん・有価物を捕集する「バグフィルター方式」の二つがあり、バグフィルター方式の集塵機はサイクロン方式に比べて捕集の精度が高い分、フィルターの手入れや交換が定期的に必要になる。同社では、創業以来30年かけて蓄積してきた集塵機づくりの知恵とノウハウを結集し、フィルターの手入れや交換の頻度が少ない製品の開発に成功。以来、さまざまな企業で導入されているという。
「お客さまと会話するなかでよく耳にするのが『フィルターのメンテナンスに手間がかかる』という声でした。こうした要望をもとに生まれた当社の集塵機は、3年程度と他社製品と比べて長持ちするフィルターを搭載しており、好評を博しています」と岡見社長は続ける。
オーダーメードの集塵機を一貫生産していることも強みだ。顧客のもとに足しげく通い、ヒアリングした要望をもとに製品を設計。製造から納品、運用まで自社で行うほか、故障やトラブル発生時も社員が迅速に駆け付けるなど、スピーディーな対応にも定評がある。
「当社の集塵機はすべて世界で一つしかないオンリーワンの製品で、これまでの納品実績は488台(2024年2月現在)。取引先は九州・沖縄県や山口県にある会社に絞っており、福岡と宮崎にも事業所を構えているので、通常の商談のほか、機械の故障といったトラブルが起きた際も、問い合わせから2時間以内に駆け付けることを目指しています」
岡見社長は得意げにこう説明するが、なぜこれほどまでに顧客や地域との密着を重視するのだろうか。その理由は、過去に岡見社長が直面した〝危機〟にある。
岡見要一郎社長(左)と「新技術に関する特許証」を持つ岡見啓太専務
株式会社九州エアーテック
業種:集塵機の製造・販売
創業:1994年3月
所在地:大分県日田市山田町626-3
売上高:4億5000万円
社員数:20名
URL:https://www.kyushuairtec.com/
工場では多岐にわたるメーカーから受注した集塵機を製造
大型の集塵機。集塵機の詳細な仕様は顧客の要望にもとづいて設計
現在開発中の新型集塵機。火花とともに発生する青白い煙には有害物質が含まれており、集塵機のフィルターで確実に捕集する
愛媛県内子町生まれの岡見社長は大学中退後、地元にある集塵機の製造会社に入社。製材業者向け集塵機の製造や営業、九州営業所長などの職種を経験したのち、1994年、岡見社長が38歳の時に独立。その翌年に法人成りし、九州エアーテックを立ち上げた。
一念発起して事業を興したものの、当時の取引先は前職から受け継いだ数社のみ。事業をいち早く軌道に乗せるべく、岡見社長が掲げたのは「来た仕事は拒まず、すべて応じる」という方針だった。
「創業から数年間は全国の企業に営業攻勢をかけ、来た仕事はすべて引き受けるという姿勢を貫きました。北海道から九州まで、海外では米国や東南アジアなどに拠点を置く会社と商談を進める一方、工場では絶え間なく製品を作り続けるなど、全員が馬車馬のように働きました」(岡見社長)
こうして取引先の数はうなぎ上りのペースで増えていく一方、社員の生産性は悪化の一途をたどる。
長時間労働が常態化し、社員のモチベーションも目に見えて低下するなど、社内の雰囲気は日を重ねるごとに険悪になっていった。
そのなかで発生した〝ある事故〟を境に、岡見社長の考えは一変することになる。
「工事中に火災が発生し、ある社員が大やけどを負って救急車で運ばれる大事故が発生したのです。幸いなことに、その社員は今も元気に働いていますが、身の丈以上に仕事を受けたことが事故につながったと深く反省しました。それ以来、営業エリアを九州全域と山口県に限定し、取引先の業種を広げる方針にシフトチェンジしたのです」(岡見社長)
創業以来、主に全国の製材所や精米所向け製品を展開してきた同社。新たな方針の狙いは、顧客の拠点を絞ることで業務の生産性を高めつつ、業種の幅を広げることで収益性を向上させるところにあった。
新規顧客のターゲットを九州近辺のメーカーに絞り、積極的に営業攻勢をかけていった岡見社長。当初は1人で営業を担当していたが、09年に息子である啓太氏が入社すると、2人体制で顧客訪問を実施するようになる。
「当社の商談は①顧客の困りごとをヒアリング②顧客の要望を踏まえて基礎設計を実施③製品の概要を網羅した提案書を提示④受注後、製品づくりに着手──という流れで進みます。こうした顧客の要望を形にする技術力に加え、緊急時にすぐ駆けつけるフットワークの軽さが口コミで広がり、取引先が拡大していきました。現在は木材加工や食品加工、金属加工業者など幅広い業種の企業と取引しています」(岡見啓太専務)
新技術の開発にも余念がない。
同社では岡見社長と啓太専務を中心に、業務の合間を縫って新技術の創出や既存技術の磨き上げに力を注いでいる。
特にここ数年は自治体や教育機関等と連携して技術力を高めており、最近は国立大分工業高等専門学校と共同で新しい製造技術を開発。金属の溶接時に発生する有害物質を吸収し、清浄な空気を工場に循環させる技術で、昨年12月には特許を取得した。現在はこの技術をもとに新型集塵機を開発中で、今後は展示会等に出展して周知を図るという。
「この製品を使えば有害物質を外に放出するのを防ぐほか、工場内の空気循環の効率化が期待できます。環境配慮型の集塵機として、主に金属加工業者に向けて積極的に売り出す予定です」(岡見社長)
今年で創業30周年を迎える同社。決して順風満帆な道のりではなかったが、持ち前の高い技術力とフットワークの軽い顧客対応で収益力を改善し、この数年は黒字決算を継続。売上高税引前利益率10%、自己資本比率35%と安全性も高い水準で推移している。
これからも岡見社長がリーダーシップを果敢に発揮し、自社をさらなる発展に導いていく……と思いきや、なんと今年の4月に事業承継を予定。社長を啓太専務にバトンタッチし、岡見社長は新たに会長に就任する予定だという。
「創業30周年のタイミングで社長を退くことは、独立したころから決めていました。ただ、新製品の開発や人材教育など、成し遂げたい目標がいくつか残っているので、今後はアドバイザー的な立場で次期社長をサポートしていきたいと考えています」(岡見社長)
新たに社長に就く啓太専務も、「不安な気持ちが一切ないと言えば噓になりますが、社長のもとで高品質の集塵機を作り続けたこと、営業方針について日夜議論を戦わせたことは、会社を率いるうえで糧となっています。経営者としての目標は『5年後の2029年に年商7億円を達成する』こと。今後は自社技術に磨きをかけ、顧客の課題解決に貢献する製品を開発していきます」と真剣な面持ちで未来を見据える。
代替わりでさらなる飛躍を目指す、九州エアーテックから目が離せない。
甲斐税理士・中小企業診断士事務所 所長 甲斐幸丈
大分県大分市にじが丘2-14-1
岡見社長と初めて出会ったのは盛和塾の例会で、経営に関する相談事に応じるなかで、「ぜひ顧問に就いてもらいたい」と依頼されました。
業績は黒字で推移していましたが、綿密に業績管理すればさらに成長する可能性を感じたので、当初から自社の業績に関心を持ってもらうように働きかけました。例えば、『継続MASシステム』(戦略経営者2024年3月号 P40~42参照)でSWOT分析や予算策定を行ったり、設定した予算と実際の業績を比較しながら、改善が必要な取り組みをあぶりだしたりと、業績管理が定着するよう支援したのです。
「黒字で満足してはいけない」「自己資本比率30%超を目指そう」など、数字面で細かい指摘をしてきましたし、時には耳の痛いことも言ってきました。岡見社長がすごいのは、私の指摘をしっかりと受け止め、すぐ行動に移すところ。利益率を高めるべく外注の頻度を減らしたり、費用対効果を細かく検証したうえで設備投資を行ったりと、会計数値を頼りにさまざまな戦略を打つようになりました。詳細な業績管理が奏功し、現在は自己資本比率30%超、売上高税引前利益率10%超を実現されています。
記事にもあるとおり、岡見社長は今年4月をもって社長を勇退。息子の啓太さんが後を継がれます。経営のバトンを受け取った啓太さんが、自社をどう飛躍させていくのか。将来がとても楽しみです。